占領期に連合国軍総司令部(GHQ)が検閲、押収した日本の出版物を保管している米メリーランド大学「プランゲ文庫」に、井伏鱒二、壷井栄、林芙美子ら著名な作家の作品が多数残っていることが、山本武利・早稲田大学教授(62)らの分析でわかった。個人全集には収録されていない作品もあり、占領下の作家の活動を知る貴重な手がかりと言えそうだ。 山本教授らは文部科学省の助成を受け、プランゲ文庫所蔵の推定15万冊、610万ページに及ぶ雑誌のデータベースづくりに着手。5年計画で、発行時期や目次、筆者など40項目の情報をパソコンに入力。整理が進んだ雑誌記事について作家名で検索したら、個人全集などに収録されていない作品が次々と見つかった。 井伏鱒二は48年から49年にかけ、東京の警察雑誌「公安」と広島の警察雑誌「松風」に、随筆「警官と私」「捕物演出」をそれぞれ掲載。いずれも広島・因島を舞台に、ヤミ物資の運搬船を摘発する捜査を題材にした小説「因ノ島」の創作の舞台裏を記している。 「井伏鱒二事典」をまとめた神奈川県相模原市在住の文学研究者涌田佑さん(74)は「初めて見る作品だ。駐在日誌の『多甚古村』をはじめ井伏作品には警官ものが多い。懇意の警察官がいた縁で、執筆依頼に応じたのだろう」と話す。 「松風」には、「にんげんをかえせ」で知られる被爆詩人・峠三吉の作で、その後、初出が不明となっていた詩「ひとつの花」も掲載されていた。 壷井栄は46年、東京の食糧文化研究所の雑誌「カロリー」に短編「五厘のパン」を載せた。「人間のからだよりもっと大きなパンが5厘」という子らの夢をもとに、飢えに苦しむ世相を描く。 壷井全集の編集に携わった鷺(さぎ)只雄・都留文科大学名誉教授(66)は「占領期の雑誌に掲載された作品があることは知っていたが、『五厘のパン』は探し出せなかった。当時の世相に身辺の話題をからませた壷井らしい作」という。 「放浪記」で文壇に登場した林芙美子は47年に警視庁の機関誌「帝都消防」に随筆「心づかひ」を寄稿。49年に東京の出版社の雑誌に「幸福の来る道」や「満天の星」を連載していた。 山本教授は「意外な雑誌に思わぬ作家が寄稿している。データベースづくりが進めば、様々な新資料が発掘されるだろう」と話している。
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