占領期雑誌目次データーベースの作成 ―― プランゲ文庫の活用を目ざして
連合国軍による日本占領の時代、とくに1945年から49年にかけて発行されたすべての出版物(書籍、雑誌、新聞、パンフレット)や手紙、葉書の通信物、さらには電話までが連合国軍総司令部(GHG/SCAP)によって厳しい検閲下におかれていたことは、一般にはあまり知られていない。どの出版物も民間検閲局(CCD)に出版の事前ないし事後に検閲を受けねばならなかったのだ。
検閲制度の終了とともに、CCDで保管されていたこれらの検閲済み出版物は、CCDに勤めていたゴードン・プランゲ博士の尽力で、米国のメリーランド大学に寄贈された。このコレクションはプランゲ文庫と名づけられ、同大学図書館に保存されている。
プランゲ文庫の雑誌コレクションは、学術、文芸、風俗、教育など、あらゆる分野の市販の一般誌を網羅しているだけでなく、全国各地の青年団雑誌、労働機関紙、短歌、俳句の同人誌などの民衆メディアも収録している。所蔵タイトル数は1万3787。これらの雑誌の大半は日本国内には現存していないものだ。
日本の研究者はこのプランゲ文庫が貴重な資料であると知りつつも、同大学は日本から遠く、利用が困難で、これまで検閲制度など限られた領域の研究者にしか活用されてこなかった。また出版物そのものの劣化が激しく、ごく一部しか利用に供せられなかった。
ところが最近、メリーランド大学と国立国会図書館によって雑誌1万3783タイトルがマイクロ化され、一般に閲覧できるようになった。またそのマイクロフィッシュ版も発売されたため、だれでも利用できやすくなった。同時発売の雑誌索引は内容別分類を行い、それぞれのタイトル、出版地、出版者などの情報を掲載して便利である。しかし、各誌、各号の掲載記事、論文、執筆者名を全く載せていないので、目標とする記事などにたどり着くには、時間、根気さらには幸運が必要となる。多角的、有機的な活用が困難であるという難点がある。
これをもう少し効率的に活用できないものかと、占領期雑誌資料を研究上必要とする各大学の研究者約20名が集って目次データ作成委員会をつくり、私が代表となって5年計画で順次データベース化を行うプロジェクトを推進しようということになった。文部省科学研究費助成金(研究成果公開促進費)を申請したところ、2000(平成12)年度の助成金が得られた。
昨年春には、政治、法律、行政、経済、社会、労働の雑誌タイトル数1420、記事件数24万を扱った初年度の成果物を一枚のCD‐ROMの形で作成することができた。現在は2001(平成13)年度の同助成金によって、教育、歴史、地理、哲学、宗教、芸術、言語、文学の雑誌を対象とした第2年度の作業が進行中である。
このプロジェクトは、プランゲ文庫の推定ページ数610万、推定冊数15万にもなる全雑誌、全号の表紙、目次、奥付、本文より著者、タイトル、出版者、出版地など40項目を超える情報を入力してデーターベースを作成し、CD‐ROMさらにはウェップで提供する。これらの書誌データを網羅したデーターベースは、この雑誌コレクションの利用価値を飛躍的に高めることになろう。このデーターベースの利用によって、簡単、的確に執筆者や論文名を瞬時に検索することができる。さらに近くにマイクロ版を所有した図書館のないリサーチャーはデーターベースを使えば、国立国会図書館等に足を運ぶことなく、本文を手軽にコピー請求をすることができるようになる。
初年度のCD‐ROMに収録したのは、全体の1割程度と思われる。今後、各分野の雑誌のデーターベース化が進めば、意外な雑誌に思わぬ原稿を載せた執筆者が登場すると思われる。
今回は政治、経済、社会、労働といった社会科学系の硬派の雑誌を対象とした。ところが著名な作家がこの種の雑誌に新作や評論、エッセイを寄稿していることがわかった。
敗戦直後の日本では、新興の出版社が叢生した。大都市ばかりでなく地方の都市からも多数の雑誌が創刊された。それら群小の雑誌に、生活難にあえぐ有名作家が新作を寄せたり、戦前発表の転載を許した。本誌の特集にあるように、白樺派の武者小路実篤が『政経春秋』46年3月号に寄せた「私は日本人を信用する」という一文は、占領期の彼における天皇の問題を考えるうえで意義深いものだ。宗像和重論文によれば、今回のCD‐ROMには24点の彼の作品が出ているが、うち20件は全集の詳細な著作目録に掲載されていない。佐藤春夫や林芙美子についても、専門家も知らなかった作品名が多数収録されていることも確認できた。
今回の分野と直接つながると考えられる執筆者でも、新しい発見が随所に現れている。著作目録完備といわれる石橋湛山、大山郁夫、長谷川如是閑でも、それぞれ数点の論文、エッセイが未収録であることがわかった。しかもそのなかには、彼らの当時の考え、姿勢を示す、見逃せない論文がある。
たとえば如是閑が『速報、先見経済』49年6月28日号に寄せた「現代政治の科学的検討」は、中央大学編刊の目録にはないが、戦争責任観を自ら語ったものとして貴重だと、本特集の堀真清論文は指摘している。このほか、政治家、官僚、法律家、労働運動指導者など当時のリーダーの記事、論文は枚挙に暇がない。たとえば現存の政治家では、中曽根康弘氏のものが10点収録されているが、彼の事務所では所蔵されていないものばかりだという。
現在入力中の文学やカストリ雑誌に、意外な硬派評論家やジャーナリストが実名あるいは匿名で寄稿しているかもしれない。これらの雑誌には、文学者とは逆に、硬派の評論家やジャーナリストが生活のために、あるいは大衆世論喚起のために、多数な記事を寄せている可能性が高い。
ところで近代日本のメディア史あるいはコミュニケーション史には、三つの転換期がある。まず第一は明治維新から自由民権期にかけての時期だ。とくに自由民権期には草莽の臣が反藩閥のメディア活動を展開した。しかし一部の政治意識の高いインテリや士族が担い手であったため、彼らへの政府の弾圧でブームは短期間に終息した。
第二の転換は第二次大戦後の占領期である。敗戦となり、被占領国とはなったものの、長い軍国主義からの重圧から解放された喜びを自分たちのメディアで吐露したいとの欲望が各階層から噴出した。彼らは占領軍を解放軍と見なし、言論、表現の自由を保証した新憲法を拠り所とした。今まで自分の考えや夢を文章で表現したことのない人々が、新しい時代を自分の言葉で表現した。そのエネルギーは生活難ばかりか用紙難、印刷難をも克服するほどの強さがあった。色川大吉氏は自分の人生体験の文章への表現を「自分史」といったが、占領初期の民衆のメディア創刊の一大ブームは、さしずめ「自分誌」の時代ということができよう。「自分誌」の刊行には、思想家、社会主義者など戦前にそのメディア活動が権力に弾圧された自由民権期型のインテリだけでなく、青年団員、引揚者、結核療養者、戦争未亡人など従来メディアに無関係だった人びとが目立った。センカ紙利用のガリ版印刷など等身大の雑誌刊行に走った。
「自分誌」は困難な時代を克服し、新しい未来を拓く自分のためのメディアであった。その後の社会の激動と多忙な生活のなかで、そのメディアは読者から忘れられ、刊行者もいつとはなしに出版界から消えて行った。そしてそれらの雑誌の現物を所有する者もいなくなった。
インターネットの時代という第三の転換期にプランゲ文庫はマイクロフィッシュ版で刊行されることになった。このデーターベースはこのフィッシュを活用する有力な武器となろう。
従来の経験と今後の収録予定件数を考慮して、CD‐ROMよりもデータのメンテナンス、動作環境に優れているウエップ版の方を2001年度以降の成果物では選ぶこととなった。現在そのためのプログラムを開発中である。今回のCD‐ROMは国立国会図書館憲政資料室その他に配布中である。また早稲田大学現代政治経済研究所でも公開している。最終的には機能性と利便性さらには時代性を考え、インターネットで一般利用できるようにする予定だが、そのサーバーの設置場所、アクセス形態などは、それまでの利用状況を判断しながら結論を出したいと思っている。実際に本データーベースの利用者の意見を反映した形にしたいので、多くの方々に本データーベースにアクセスされることを願っている。そして本特集と合せてご意見、ご感想を筆者あてにお寄せいただければ幸いである。
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